小さい時にした母親とのパン作りがきっかけでお菓子作りにハマりお菓子作り歴は30年以上。

小学校4年の時の文集で書いていた「お菓子やクッキーを作る人になる」という夢を叶え 専門学校卒業後、19歳でパティシエになる。

洋菓子店、難波高島屋サロンドテでの菓子製造の経験を経て2010年に25歳で結婚し専業主婦に。

2010年に長女、2012年3月に長男、2015年に次女を出産後、次女が1歳になったばかりの時に 親友の紹介で何年も自宅でパン教室をしている方に出会い、ご縁がご縁を生んで起業の道へ。

最初は今まで作っていた卵も乳製品も小麦も使ったアイシングクッキーを教えていたが長女の友達が卵・乳・小麦の食物アレルギーだったことをきっかけに子どもの食物アレルギーが増えていること、アレルギー対応のお菓子がなかなか売っていないこと、 見つけて購入しても高い割においしくないことなどを知り 何か私が今まで培ってきたお菓子作りのノウハウがアレルギーのお子さんやそのお母さんのお役に立てないかと 勉強し直し3大アレルゲンフリーのお菓子教室*にちにっか*を開講。

現在は3大アレルゲンフリー専門パティシエとして活動している。

小さい頃からの夢を叶え順風満帆に見える私の人生も 私生活では小さい頃から自分の見た目にコンプレックス(太っている、目が細い、髪が多くてごついなど)があり それに輪をかけて成人した時に母に「お母さんの誕生日に2人で晩御飯食べに行こう」と誘ったら 「あんたとは行かない」と言われ妹と先に食べに行っていたのに何で私とは行かないんだ… 母親に拒絶される私が他の人を誘っても喜ばれないと人と関わることも怖くなる。

自分のことが大嫌いで、この世からいなくなりたいと思ったことがあるくらい 母からの妹との態度の違いは自分は愛されていないと感じ自己肯定感を下げるには効果抜群だった。

結婚し子どもが生まれても自分がきらいで主人に愚痴ばかり。

そんな時に転機が訪れたのはあるお料理教室。

一杯のスープとの出会いだった。
お塩1つでこんなに料理が変わるなら、そのお塩で作ったものを食べた私は変われるかもしれない。
そんな根拠のない自信が生まれるぐらい感動した。

食べるものの大切さに気付き、8か月で10キロのダイエットに成功し、考え方も明るくなり、長年苦しんできた秋口の喘息も解消。

そして同じ時期に統計心理学に出会った時に母と私と妹のタイプを知り、 母が良かれと思って言ってくれていたことが私にとっては嬉しくなかっただけで 母も私のことを思って言ってくれていたんだ。
妹と仲が良かったのも母と妹は同じタイプで意志が通じやすかったから なんだと家族関係を客観的に見ることができ、私も母も自分自身で良いんだととそれぞれの個性を認めることができました。

そして私もちゃんと愛されていた!と確定ボタンが押せたのは 母と今こうしてお菓子作りをしていうきっかけが母だったと改めて思い出した時。

私も3人の母になり子どもとお菓子作りをしているとパティシエの私であっても自分一人でしているのとは違いで大変(笑)
でも母はそんな大変なことを楽しみながらさせてくれていた。

愛していないと自分の時間を子どものために使えない。

そう母親の目線に立てた時、
「あんたとは行かない」とごはんの誘いを断られたのも 「もしかしたら何か父から言われていたのかもしれない」「その時期忙しかったのかもしれない」 「言葉は悪いけど遠慮したのかもしれない」
そう母を一人の人間として見ることができた。

母とのお菓子作りの思い出が母に愛されていたと気づけ、私も子どものことを怒ってばかりいて寝顔に「ごめんね」と 言っていたけど、
子どもとお菓子作りをする時間がちゃんと子ども達を愛せている気持ちを伝えられるような気がした。

子どもはいくら勉強ができて良い大学、会社に入れても、色々習い事をさせて可能性を広げても、 一見周りがすごいと言ってくれる夢を叶えたように見えても 母親の愛情を感じられないと自分に自信を持って未来に進んでいくことはできない。

母親は愛情を与えていると思っていても、それが少しのボタンの掛け違いで子供に伝わらなければ それは子供にとっては愛されていないのと一緒。

それらの経験から お菓子を通して親子の大切な時間を育み、個性を尊重して認め、親に愛されている実感できるお子さんを増やし その愛されている安心の下、お子さんの考える力、生み出す力、自己肯定感をアップさせ やりたいことを自分で選択し夢を叶えて、私の人生は幸せだったと最後に言える子を増やしたいという想いでお菓子教室を しています。

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